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2020-05-18

カヌイスト憧れの清流・後編<四万十川/高知県四万十市>


前夜は突然&結構なまとまった雨(テント内感覚)になりましたが、雨はすぐに止んだようです。そんなカヌー旅で起きる出来事一部始終に付き合わされる我が愛犬。さあ今日も行こうか。

四万十川カヌーツーリング・二日目の朝


川のゴールデンタイムの到来

おはようございます

凛とした空気
冷やっと身が引き締まる川の水
朝もやがかかった好ロケーション


カヌイストが早起きすると特権がいくつもあります。
川ゴールデンタイム余すことなく満喫するために、前日から河原でスタンバイしていると言っても過言ではありません。カヌーツーリングキャンプ最強説。

【関連記事】カヌー犬第二章は日本一の清流・前編<仁淀川/高知県いの町>

へっぴり腰カヌイスト

カヌーに乗る姿はまだまだカッコ良いとは言えませんが、安定する場所と姿勢に関しては心得たようです。

まるで一枚の鏡のような水面を滑るようにカヌーは進む。雨が降ってきれいな空気が更に清々しくなった気がします。山に掛かる雲がどんどん上がって行きます。

 

四万十川の近代橋

茅生大橋(かようおおはし/高知県四万十市)

四万十川には珍しい近代的な橋の登場です。

四万十川に初めて登場したコンクリート製の斜張橋(しゃちょうきょう)

人口の少ない山間部には大げさな… という意見もあるようですが、住民が居てこその四万十川。川沿いに住む人たちにとって常時渡れる橋が架かることは悲願です。

橋のたもとに見える学校のような施設は四万十楽舎(しまんとがくしゃ)さん。
廃校になった中半小学校(なかばしょうがっこう)の校舎を利用した体験型宿泊施設で、四万十川でのカヌーなど数々の川遊び体験が可能です。

四万十楽舎さん→http://gakusya.info/jp/

茅生大橋を見上げるドギー

いつの間にかデッキ上に立てるようになっていました。

 

四万十川の川漁師さん

現役川漁師が活躍する川

四万十川を下っていると、川漁師さんたちが沈めた仕掛けを所々で見ることができます。

これらはカニやエビ等を捕る仕掛け

モクズガニ
ズガニ
ツガニ

地域によって呼び名は様々。

モクズガニ

茹でたり蒸して食べて良し。みそ汁のダシ・具材にも最適。

川カニを購入することができる道の駅

江川崎にある道の駅よって西土佐に行けば、時期によって量り売りでの購入が可能です。

道の駅よって西土佐さん→https://yotte.jp/

 

口屋内(くちやない)

まだ山に朝霧が残る中、沈下橋と校舎が見えてきました

「口屋内(くちやない)」の集落が近づいてきました。この場所も四万十川の川ドラマの舞台として欠かせない場所。

中央に見えているのは口屋内沈下橋
右側の建物は旧口屋内小学校現在は廃校になっていますが、その歴史は非常に古く明治7年(1874)!
口屋内学舎(くちやないがくしゃ)に起源を持ちます。

明治7年と言えば、1月に佐賀藩士「江藤新平(えとうしんぺい/1834-1874)」を首領とする「佐賀の乱」が発生した年。
不平不満を抱く士族が起こした反乱でしたが、程なくして「大久保利通(おおくぼとしみち)/1830-1878」率いる新政府軍によって鎮圧。追われる身となった江藤は、鹿児島県の鰻温泉で湯治中の「西郷隆盛(さいごうたかもり/1828-1877)」の下へ身を寄せるなど逃走を図りましたが、四国へ渡って京都へ向かう途中の高知県東洋町で逮捕。それは皮肉にも自身が法整備を行った指名手配制度が決め手になりました。翌月斬首。

【関連記事】湯けむり上がる、せごどんゆかりのひなびた温泉地<鰻池/鹿児島県指宿市>

近代学校制度である「学制(がくせい)」の公布が明治5年(1872)8月2日。
都会ならともかく、東京から遠く離れた高知県の山奥にまでその制度が行き渡っていた事。時代的に子どもを学校へ行かせる余裕など無い貧しい時代。そんな時代にこの場所に学校があったことが驚きです。

何らかの産業が発達していて集落が豊かだったとか、村の指導者に先進的な思想の持ち主が居たのか。口屋内の歴史を調べるととっても面白そうです。

左の二つ、橋桁の色が異なる部分が落橋した

口屋内小中学校は平成24年(2012)3月で廃校。
それまで川の左岸で暮らしている児童・生徒たちは、見えている口屋内沈下橋を渡って対岸の学校へ通学していました。橋の完成は昭和30年(1955)なので、それより以前は渡し舟に乗って通学していたようです。

なお、口屋内沈下橋は平成22年(2010)に落橋。その後落橋箇所の補修が行われたものの、今度は左岸の橋へのアクセス道路の斜面が崩落。橋は直っているけれど通行できない状態が続いています。

岩間沈下橋
口屋内沈下橋
いずれも四万十川を代表する沈下橋ですが、相次いで落橋。これは沈下橋が掛けられた戦前・戦後から逆算すると、耐用年数に来ているのかもしれません。観光で地域住民以外が橋を通行するようになって負担が大きくなった事も、理由として存在しそうです。早期の復旧が待たれます。

これから口屋内沈下橋

の前に、橋の手前左岸にがあるので注意が必要です。

この地点は以前下った時に油断して沈してしまったので、よく覚えています。

季節は11月。落ちた瞬間は慌てていて冷たさを感じなかったけれど、復帰して陸に上がってから震えた覚えがあります。思えばその年のシーズン最終戦も四万十川でした。

四万十川下らず一年を終えるなんて。

そう思って11月に下った覚えがあります。

四万十川下りがいつもこの時期になってしまうのは、一年一度は下っておかないと安心できない点は確かにあります。やっぱり「四万十川は特別な存在」です。

 

二日間に亘る四万十川カヌーツーリングのゴール地点は口屋内として、川から上がりました。

 

四万十と言えばクリ

四万十の山の幸と言えば栗(クリ)

今回も早朝のゴールデンタイムを生かすために、先に車を回送せず川を下り始めました。

ゴールしてから今回取った回収の手段は「徒歩」
距離的にはそれほど下っていないので、人間はともかくドギー的にも歩ける距離かな、と。

もちろんバス便があれば間違いなく乗車するのですが、付近を走る路線バスは一日3便(朝、昼、夕)。この時は発車時刻から外れてしまっていました。バス便は日曜日・祝日も確か運休。便数も含め変更になる場合があるので、その都度確認した方が良さそうです。

高知西南交通→http://www.kochi-seinan.co.jp/
路線バス→江川崎・下田線→時刻表

道ばたに転がっていたイガ栗

この地域では野良栗、かどうかは分かりませんが、そのように見える栗の木がたくさんあります。それこそが人気が出て一時品薄になった栗焼酎「ダバダ火振」の誕生秘話でもあります。

 

通常道に落ちた栗はたいてい早いもん勝ち(イノシシ・サルなど)状態ですが、カヌー回収おさんぽ時に見つけたのは中身が丸っときれいに入っている立派なクリでした。落ちたところなのかもしれません。

初めて見る生栗の実

最初興味本位で近寄っては来ましたが、危険物を察知してか程良い距離を保っていました。

 

再び岩間沈下橋

自動車の回収完了

スタート地点の岩間沈下橋に戻って来ました。小一時間の四万十おさんぽ。
自動車を回収して、口屋内にカヌーを回収しに行き、車に積んで片付け完了!

2018年は念願の犬連れカヌー旅にデビューすることができて、飼主・ドギー共に忘れられない年になりました。

 

口屋内沈下橋

旅の期間

平成28年10月


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