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2020-03-27

那覇出港。洋上の人と犬になる<フェリーだいとう/沖縄県>


乗船を済ませて船内をくまなく散策、それから甲板に出てきました。まだロープで係留されているので、出港にはもう少し時間がかかりそうですが、船出が待ち遠しい。

絶海の孤島・大東諸島へ向かうフェリーだいとう


フェリーだいとう名物「荷役」

フェリーだいとう(二代目)のファンネルマーク

二つの色が合わさって新しい色を生む様子は、フェリーだいとうが運航される北大東島・南大東島を表現しているのでしょうか。

月に一度運航される危険物積載便

往路で危険物、復路で産業廃棄物が運搬される当航海。
こちらがその際に掲げられる看板。食糧・燃料・産廃、それら全てがフェリーだいとうで運ばれています。

トラックも、

船も。

フェリーだいとうの荷役にはクレーンが不可欠

那覇港はこの通り、波は穏やかで 船を岸壁に寄せて作業することができますが、大東諸島ではそう簡単にはいきません。それはもう、神技です。

 

出港

絶海の孤島を目指す フェリーだいとう、出港

いよいよ!岸壁を離れます。

RKK「にらいかないⅡ」名前が良いです

荷役作業を担っていたクレーンや作業員さんたち。沖縄ライダー時代の感傷に浸っていた琉球海運のRORO船とも、しばしお別れです。

梅雨時の沖縄ですが、出港する頃にはすっかり青空

午前は雨が降っていましたが、夕方にフェリーだいとうが出港する頃には天候回復。良好な船出です。

 

マシュー・ペリーが開国交渉の拠点とした地

大きな橋の内側が泊港

フェリーだいとうから、本来発着する泊港(那覇港泊埠頭)と泊大橋を眺めます。

沖縄近海の離島桟橋役を担う泊港

沖縄本島から近距離の離島は高速艇がありますが、旅人的にはフェリーで船旅を楽しみながらの渡航がお勧め。ここから渡航できる離島は、大東諸島を含め魅力的な行先ばかりです。

泊ふ頭旅客ターミナルビル「とまりん」 →https://www.tomarin.com/

 

「泊港(とまりこう)」が歴史上に現れるのは嘉永6年(1853)。
アメリカ合衆国大統領の親書を持って日本に開国を迫った「マシュー・ペリー/1794-1858」は、香港(※当時英国領)から琉球に入港。ここ泊港を拠点にして1853・1854年に浦賀(東京湾)とを行き来しました。その道中では南大東島に接近して、大砲を打ち込んで無人島であるかどうかを確認したり、植物標本を持ち帰ったりもしています。

一般的に領土画定は「誰が一番最初に上陸したのか」という「先占(せんせん)」が大きな根拠になります。
明治時代初期に日英米で領有権が争われた小笠原諸島は、寛文10年(1670)に長右衛門という人物が母島に漂着。そのことを受けて5年後に行われた幕府の調査の際に「此島大日本之内也」という碑を父島に建てていたこと等が先占の根拠になって、日本の小笠原諸島領有が有利に働きました。

大東諸島の領有に関しては、琉球王国では「うふあがり島」として古くからその存在は知られていたようですが(うふ→大、あがり→東)、公式的な発見については文政3年(1820)にロシア帆船「ボロジノ号」が大東諸島を通りがかった時のもの。以降は世界地図に「ボロジノ諸島」と記載されることになります。
日本が大東諸島の領有を宣言したのは明治18年(1885)。上記のロシア船のエピソードからは、ずいぶん年月が経過しています。先占の原則からすれば、よくその時まで欧米列強が手を出さず残っていたなあという感じです。

 

琉球国一宮

船上から眺める波之上宮の敷地

那覇空港・泊大橋を結ぶ「波之上臨港道路(なみのうえりんこうどうろ)」の向こうに見える、木々が生えた緑色部分。

こちらは「波上宮(なみのうえぐう)」の敷地。琉球國の一宮です。

「一宮(いちのみや)」とは、律令制における國(讃岐、摂津etc…)で最も格式が高い神社の事。ドギーが暮らすだんらん旅人宿そらうみがある讃岐國(さぬきのくに)は、宿の向かいにある「田村神社(たむらじんじゃ)」

沖縄の方々の宗教は、先祖や自然崇拝を行われている方が多いイメージがあります。ヤマトで言うところの神道や、仏教だと真言宗や天台宗、「密教(みっきょう)」と呼ばれる宗旨に近い形。

けれど、沖縄には宗派の概念があまりない様子。ヤマト式の宮(=神社)は少数派です。

沖縄に仏教や日本神道が持ち込まれたのが、薩摩國が侵攻した江戸時代初期。その際には琉球各地に、多くの大和式の神社や 仏教寺院が建てられました。

ここ波上宮が建てられたのは、そのタイミング…
かと思いきや、どうやらそうではない様子。14世紀頃、真言宗系の修行僧が漂着して熊野信仰に基づいて建てられた説があるようです。

 

那覇空港

那覇空港沖を航行中

大東諸島へは、こちら那覇空港から琉球エアコミューター(RAC)の飛行機が両島へ毎日一往復運航されています。

定時性、利便性、渡航実現確率…◎飛行機
運賃、旅情、プレミア性…◎船

貴方ならどちらを選びますか。

 

太平洋一人ぼっち

那覇空港を過ぎるといよいよ外洋航海に入る

那覇港は西向き・大東諸島ははるか東方に位置しているので、まずは沖縄本島南部をぐるっと迂回しなければなりません。すわなちここはまだ東シナ海です。

沖縄本島南部を回り込んだところ

見えている陸地は糸満市(いとまんし)付近。陸が途切れている地点が、沖縄戦終焉の地・喜屋武岬(きゃんみさき)です。これが見えなくなると、陸地とはしばらくお別れです。

 

洋上での日没

沖縄本島に沈む夕陽

この日の終わりを告げる日没です。

フェリーだいとうの魅力の一つ

「洋上で眺める夕陽」
沈み始めてからあっと言う間。

おやすみなさい

思えば昼前に那覇に到着した時には、雨がシトシト降っていました。それからすると奇跡的な天候回復。夕陽まで拝むことができて、最高の船出になりました。

ここから先は360度灯りは見えない、太平洋ど真ん中。明るくなって現れる大東諸島の島影を楽しみに… おやすみなさい。

 

預けている個人貨物

自分の個人貨物は船員室の前に置かれていました

さて、預けている個人貨物改めドギー。ご覧の通り、自転車やクーラーボックス等と同じ区画に置かれていました。ご安心下さい、車両甲板じゃありません。

うちのドギー、狭い空間は意外と好きだったりするので移動ゲージ内は嫌いではないようです。
それにしても半日越えの長時間航海。ごはんとトイレは困ります。そこは船員さんの許可をもらって、時々出させてもらってこの付近をおさんぽさせて頂くことができました。
それもこれも旅犬。どのワンチャンにもできることではないので、がんばってもらいます。

 

大東海運

 

続き

 

フェリーだいとう編

 

南大東島編

 

北大東島編

 

旅の期間

平成30年5月21日-5月24日


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