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2020-04-10

北大東島上陸。西港で眺める夕陽<北大東島/沖縄県北大東村>


旅犬ドギー、島旅の舞台は北大東島(きただいとうじま)へ移ります。農業と製糖が主産業の南大東島に対して、北はかつて「鉱業」が存在しました。その遺構を訪ねます。

旅犬ドギー、北大東島に上陸


北大東島へ上陸

北大東島・江崎港に接岸中

1日目…那覇→▲船内泊
2日目…→北大東島→南大東島→北大東島(※今ここ)
3日目…北大東島→南大東島→▲船内泊
4日目…→那覇

例によって、クレーンで吊られた籠に乗り込んで上陸します。

ドギーの空中散歩

今回ドギーはヒトより後、乗客の手荷物と一緒に北大東島に上陸を果たしました。ここでの彼の扱いは「貨物」です。

宿泊を予約していたお宿さんに送迎してもらって、速やかにチェックイン。夕食の時間まで時間があったので、軽く島内散歩に出ることにしました。

 

長幕内を夕方のおさんぽ

18時過ぎているというのに、まだこの明るさ

冬に収穫が終わって新たに植えられたサトウキビの新芽と、背後は「長幕」と呼ばれる、隆起珊瑚礁の絶壁。長幕を「ながはぐ」と読ませるのは、入植者たちの故郷である八丈島訛りだそうです。
南大東島と同じく北大東島も、地殻変動により珊瑚礁が隆起して海面に姿を現した島。集落の周囲をぐるりと岩壁が囲います。

ただし、ほぼ全ての民家が幕内にある南大東島と違って、北大東島は幕外にも集落があります。

 

北大東島の初等教育機関

幕内にある島の保育所

島の小中学校

北大東村立北大東小中学校(沖縄県北大東村)

離島を多く抱える沖縄県では、公立の学校に採用されると一度は離島の学校に配属されるそうです(※噂)。
小豆島(しょうどしま)や直島など、離島に学校が存在する香川県でもこの話は聞かれます。おそらく東京都や鹿児島県、長崎県など離島が多い都県でも同様の事情があるのではないでしょうか。

 

山が近いように感じる北大東島

北大東島の長幕は山なみの様相

北大東島・南大東島
どちらも島の中央部が窪んでいて内部から海を見ることができません。また、コンパクトな北は長幕が山なみに見えて、南のように地平線のような感じもありません。近い感覚で言えば、阿蘇のカルデラ内部に居るような感じでしょうか。

お宿の周辺を少しさんぽしたら宿に戻るつもりでしたが、思いのほかきれいな夕焼け。

夕陽→西に沈む→西港に行かなきゃ後悔する!!

燐鉱石貯蔵庫跡がある西港へは明朝訪れてじっくり探索しようと考えていましたが、急遽自転車を借りて西港へ行くことにしました。

 

夕陽を浴びる西港の燐鉱石貯蔵庫跡

夕陽を浴びる西港の燐鉱石貯蔵庫跡

やってきました西港。日没に間に合った。

燐鉱石貯蔵庫跡(沖縄県北大東村)

先に上陸した南大東島では大東犬ぽんちゃんと対面するなど満喫しましたが、今回大東諸島に行きたいと思うキッカケになったのが、ここ北大東島の「燐鉱石貯蔵庫跡」

現在は鉱山の操業が停止されている

人の姿が消えてから数十年経ちました。激しい雨風潮風にさらされても手つかずになっていて、これらの建物群は崩壊が始まっています。
すなわち野に帰るのは時間の問題。ドギーとは今見ておかなければもうチャンスが無いな、と大東諸島への旅を計画したわけです。

西港からは南大東島がきれいに見える

北海道ばりの大規模農業と製糖業が基幹産業である南大東島に対して、かつての北大東島はリン鉱石を採掘する鉱業で島が賑わっていました。
けれど、鉱山というものは長崎県の端島(はしま、通称軍艦島)に代表されるように、採掘可能な量には限りがある事。時代の流れによって鉱物資源の需要も変化するため、採算性の問題などからいつかは閉山するのが世の常です。
戦前は燐鉱石の採掘で賑わった北大東島もその例に漏れず、戦後事業停止の憂き目に遭いました。

 

北大東始まりの地

かつて、島での生活に必要物資はここから陸に上げられた

南大東島と同じく、島の周囲が断崖絶壁の北大東島は水辺に乏しい。開拓以来、このように海に下りることができる僅かな隙間を改修するなどして、島での生活に必要な資材を揚陸していました。

それにしたって船を接岸させることができないのは、今も昔も同じ。クレーンで宙吊りという方法が取れない昔は、沖に碇泊した船に艀(はしけ)を出して、船からの荷物を積み替えてはピストン輸送。それを香川の海のような穏やかな瀬戸内海ではなく、太平洋ど真ん中の荒海で。おそらく乗客も艀に乗り換えて上陸していたはずです。

積荷揚陸用スロープ

右側、石垣の上にウインチ(巻き上げ機)があり、重量がある積荷は機械を用いて引っ張り上げられていたようです。

 

鉱石の乾燥を行うドライヤー跡

その上にある瓦礫(がれき)と化している建物群

こちらは島で採掘された燐鉱石を乾燥させる設備。その作業が完了したら、さきほどのコンクリート筒が並んだ場所に一時保管され、運搬船が来るまで出荷を待つわけです。

煉瓦の積み方は、イギリス積みであることを確認

この部分だけを切り取ると、長崎原爆で屋根が吹き飛んだ浦上天主堂を見ているようです。

 

居酒屋&資料館にリノベーションされた石の建造物

かつての製糖工場の事務所は、現在資料館と居酒屋

北も南も、建物をよく観察していると古い石造りのものが今も利用されている場合があります。それらは製糖工場関連であったり、北大東島なら鉱山関連の施設であったり。
こちらは元々製糖工場の港出張所だったものが復元され「りんこう交流館」及び「島人酒場トロっこ」に。鉱山在りし日の島の写真見学や、居酒屋として島の人々の交流の場に生まれ変わっています。

 

トロっこ

 

燐鉱石貯蔵庫跡を前に、日没の立会い

さあ夕陽

明朝時間をかけてじっくり見ようと思っていた西港ですが、そこは今回の旅で一番来たかった場所。訪れてみると興味だらけでガッツリ探検してしまいました。

けれど、
そろそろ夕陽の時間である事と、暗くなると結構足元が危ない、楽しみは明日に取っておく
これらの理由から探検は止めにして、ここからは日没まで夕陽を眺めることにします。

石積みが美しい建物表側

予めロケハン(ロケーションハンティング)を行ったので、スタンバイばっちり。

窓越しに見る水平線と重なる太陽

いよいよ太陽が沈みます

日没完了

前日は洋上の人と犬(フェリーだいとう)でしたが、その日に続いて太陽が海に沈むまでを眺めることができました。
特に今回大東諸島での宿泊は、ここ北大東島での一泊だけ。夕陽を含めすべての事が一発勝負です。当たりました。

普段の生活の中ではなかなか気忙しく、太陽が山や海に沈むまで眺めるなんてことはなかなかできませんが、こうして日没に立ち会うと「一日やり切った感」がとても大きいと感じます。太陽と共に生きるというのは、人間一番理にかなっているのでしょうね。

太陽が沈んだ西港

絶海の孤島、灯りは殆どありません。これから真っ暗闇が訪れます。

夕焼け=天気が良い

翌日の探索が楽しみです。

 

燐鉱石貯蔵庫跡

 

続き

 

フェリーだいとう編

 

南大東島編

 

北大東島編

 

旅の期間

平成30年5月21日-5月24日


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