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2021-03-15

諏訪之瀬島探検、難破船を見に行く<諏訪之瀬島/鹿児島県十島村>


旅犬ドギーと行くトカラ列島探検隊。諏訪之瀬島の旅、第一日目の始まりです。この日は御岳に登らず海沿いのスポットを徒歩で訪ねて回りました。

来島当時は漂着した難破船が残されていました。奥に見える島影は悪石島

 

御岳遠望

診療所の背後に白い噴煙を上げているのが御岳(おたけ/796m)

大きな荷物をすわのせゲストハウスさんに置かせてもらって、島内散策に出掛けることにしました。右に映っている白い建物は「諏訪之瀬島診療所」
訪問時は未開設でしたが、現在この場所には簡易郵便局が設置されているようです。

いつ見ても活発に噴煙を上げている御岳

火山活動が穏やかな日には火口手前まで御岳登山を楽しむことができます。登山は今回の諏訪之瀬島来島の目的の一つですが、そちらは翌日に鹿児島から仲間が2名やってくるので、全員集合してから登山を楽しむ予定にしています。

トカラ列島と言えば火山。その中で随一を誇るのが諏訪之瀬島の御岳

火山とまでいかなくても噴気を上げている箇所はトカラ列島各島にありますが、その代表的なものが諏訪之瀬島の御岳。噴火の形態は「ストロンボリ式噴火」と呼ばれるもの。語源はイタリア南部、地中海に浮かぶストロンボリ山(926m)から。噴火の特徴として山が吹き飛ぶような爆発的な噴火はあまり行わないものの、それゆえ常にマグマが供給され続けるため火山活動が長期間に亘りやすい。
諏訪之瀬島では有史以前から火山活動が行われてきたようで、特に1813年(文化10年)の噴火は激しく全島民が島外避難。1883年(明治16年)まで無人島になったことが記録されています。

同時期の出来事として、
1813年は10月にライプツィヒの戦いが行われています。ナポレオン・ボナパルトによるナポレオン戦争後期の戦いで、一連の戦闘の中では最大のもの。反フランスを掲げる連合軍が勝利を納め、ナポレオン率いるフランスを取り巻く状況が一層悪化しました。

1883年は11月に東京に鹿鳴館(ろくめいかん)が竣工しました。外国人の接待を通じて不平等条約改正の狙いがありましたが失敗に終わっています。

諏訪之瀬島の全体図

集落や人工施設が存在するのは島の南部の僅かな部分。外周は切り立った断崖絶壁で島の大部分を御岳が占めています。改めてよくこんな場所に人が住んでいるなあと、島民さんやその先祖の方々には頭が下がります。

 

元浦港

諏訪之瀬島で人が暮らしているのは、南部の限られたリアだけ

古い看板なのでこちらの地図にすわのせゲストハウスさんは記されていませんが、こちらの地図の「地区公民館」の辺りに位置しています。
診療所→小中学校を経由して「元浦港」を目指します。

集落から元浦港へ続く下り坂

前述の通り島内で人が暮らしている場所は南側の一部。島を一周する道路は存在しませんが、可住部分の舗装化率は高いように思います。

島の周囲は断崖絶壁

このような地形なので道路は造れません。それよりもこのロケーション見ると釣り師の血が騒ぎます。

元浦港へやってきたトカラ探検隊

名前からしてこちらが昔からある港でしょうか。現在フェリーとしまは南東部の切石港に接岸しますが、以前はこちらに着いていたか現在も風向きが良くない時はこちらの港にフェリーが接岸することがあるのかもしれません。離島では島の東西それぞれに港が設けられていて、風向きや潮流によって接岸港が決定する事例がよく見られます。

元浦港から見上げる御岳

外洋に面した防波堤と言えばイカ釣りのロケーションですが、ここではイカなんて無数にいるのではないでしょうか。むしろ青物を釣るためのエサ。トカラ列島は釣り人にとっては天国のような島です。

 

難破船

場外離着陸場こと諏訪之瀬島飛行場へ続く坂道

元浦港からは再び坂道。島の最南部に面した道路を進みます。

海側に見えてくる漂着したタンカー

平成29年(2017)2月にエンジントラブルにより航行不能になり、諏訪之瀬島に座礁漂着したパナマ船籍のタンカー「サガン」

結果的に漂着から撤去まで約1年4ヶ月間そのままの状態になっていた

我々が訪問したのが平成29年11月。まさに船が漂着したままになっていた時期でした。
貴重なものが見れたというわけではありませんが、普段なかなか見れないものを見学することができて、見識が広がりました。

不気味な難破船を見ると「ドラえもんのび太の海底鬼岩城」の世界が思い出されますが、映画公開は昭和58年(1983)3月。もうそんな前の映画なんですね。

 

飛行場へ続く道

火山弾から身を護るシェルター

タンカーが座礁している地点から道路を上がって来たところ。その登り坂の途中にコンクリート造の強固な避難壕があります。活火山がある阿蘇や雲仙などでも見ることができる施設で、噴石が飛ぶような状況になった際にそれが当たらないように身を守るための救命設備。
ここが活火山と隣り合わせの島であることが実感できる施設です。

飛行場滑走路下をくぐるトンネル

坂を登り切ったところでカルバートのトンネル。この上が飛行場です。トンネル内は水が溜まっているので、ドギーはだっこで移動しました。

フェリーとしまが発着する切石港と場外離着陸場の分岐点

「場外」とは少しアウトローな印象を受ける単語ですが、空港以外で航空機の離着陸が認められている場所の事を「場外離着陸場」と呼びます。ヘリが病院に設けられたヘリポートや有事の際に学校のグラウンド等に降り立つこと等がありますが、それら全て場外離着陸場。諏訪之瀬島の場合は舗装された滑走路が存在します。

ハイビスカスが迎えてくれる飛行場へのアクセス路

リゾート化を期待して開設された諏訪之瀬島の飛行場。時が時であれば、この道が空港へのアクセスロードとなっていたかもしれません。
現在は十島村の管理下にある同飛行場ですが、花が植えられているあたり一定の整備が行われているようです。

いよいよ諏訪之瀬島飛行場

空港と言うと少しおしゃれなイメージがありますが、ターミナル、その跡としても何もありません。滑走路があるのみです。

 

諏訪之瀬島

旅の期間

平成29年11月


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