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2019-10-15

中国地方最高峰大山へ・後編<大山/鳥取県大山町ほか>


伯耆富士・大山山頂

日本百名山に選定されている一座であり、中国地方最高峰の1,710mを誇る大山(だいせん)に、うちの登山犬ドギーと登頂達成しました。

登頂達成からの下山

稜線歩きは現在通行止め

前述のように、大山は山体の崩落が懸念されています。昔は行くことができた稜線歩きが現在は通行止め。行くことができません。

山頂付近は霧の中

この天気で長い間ここに居ると身体を冷やすので、早々に切り上げて下山を開始することにします。

下りも相変わらずのガス模様ですが、

初めて高原に居る気分

少し下ったところで晴れてきました!

大山山麓が見える

下界が見えます。奥のだいせんホワイトリゾート(スキー場)と、手前の三角形型の区画が大山寺の門前街。今回登り始めた夏山登山口がある場所です。

大山の魅力の一つに「日本海が見える」ことが挙げられますが、この時は見ることができず。

八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと) が置いた綱が浜になった弓ヶ浜。山の上から見たかったなあ。

山の崩落著しい

振り返って大山。山が崩れていることがわかります。

伯耆富士永遠に

さらば大山!良いお山でした。

疲れて少し不機嫌

はい、無事に下山完了。

登山犬ドギーさん、疲れたのか ムスっとしています。殆どダッコされてたのにー!

 

下山後の楽しみ

豪円湯院(ごうえんゆいん / 鳥取県大山町)

日帰り入浴施設が無かった大山に、近年オープンしたありがたい温泉。大山登山で汗をかいた身にとってもありがたい。夏山登山口から歩いて行けます。食事もできます。

温泉前に居るお地蔵さまは通称「飢饉地蔵」

大山は山岳信仰の聖地として、また訪れる参詣者を支える門前街として発達しました。そのことに由来する古いものが所々に残されています。

当地で大規模な飢饉(ききん)が起きたことが記されている

天保7年(1836)頃に発生した全国規模の飢饉「天保の大飢饉」
特に鳥取藩は “申年がしん” と呼ばれる大飢饉となり、多くの人々が亡くなり治安が悪化した。その凄惨さは、今でも家庭や学校で語り継がれるほど。鳥取県内にはそのことを伝える遺跡が数多く存在するらしく、このお地蔵さまも その一つ。

店先に残されている飢饉地蔵

「とんでもない」 「途方もない」
ことを 「てんぽな」 「てんぽ」 と言うことがあるが、飢饉が発生した時の元号・天保(てんぽう)に由来すると言われる。

飢饉地蔵の歴史と教訓は、飽食な現代社会で忘れてしまっていることを物言わず語り継いでいます。

自家製豆腐食べ放題

山登ってお腹減ったので、風呂上りに早いディナー。自家製豆腐食べ放題。1,000円くらいだったと思います。温泉は380円。

内容からするとどちらもお値打ち。ワンチャンは入場できませんが、一般的な大山登山の後には立ち寄りお勧めです。

 

大山寺へ続く参道

坂を登った先が大山寺

今回は時間が無くて大山寺へ参拝に行くことができませんでしたが、かつての大山山岳信仰の歴史を継承する名刹です。
お山に登らなくても 温泉とお寺の観光で来てみたいと思います。

 


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