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2019-08-02

「なんじゃい」。昭和レトロが残る駅・前編<南蛇井駅/群馬県富岡市>


その駅の名は「なんじゃい」

そらうみ駅駅長であるうちのドギーとの旅では、研修と称して日本全国の鉄道駅を訪ねることにしています。

その中で一番行きたかった場所がここ「南蛇井」駅。「なんじゃい」と読みます。え?思わず聞き返したくなる駅名です。

南蛇井だらけ

駅前の周辺案内看板

南蛇井駅前にある周辺マップ。集落に上信越道が通っています。

元々の中山道(なかせんどう)や信越本線がある場所とは谷が異なり、ここより一つ北の谷間が難所・碓氷峠(うすいとうげ)へ続く谷になります。

交差点にも南蛇井

駅へ進入する交差点に「なんじゃい」

郵便局も南蛇井

その交差点にある郵便局も「なんじゃい」

住所も南蛇井

住所ももちろん「なんじゃい」です。

 

南蛇井とアイヌの人々のつながり

駅が南蛇井集落の中心

「南蛇井」

この不思議な地名はアイヌ語の「ナサイ」から来ているそうです。

ナサイ→川の流れが広くなった場所

すぐ近くに鏑川(かぶらがわ)が流れていますが、確かに地図を見ると南蛇井駅より上流(=下仁田方向)は、川のそばに少しだけ平地があるくらい。土地が開けてくるのは、ここ南蛇井駅あたりからです。

 

と、何故にここでアイヌ?
アイヌと言えば北海道固有の民族。そう考えると群馬と北海道?なぜ?と思ってしまいますが、「蝦夷(えみし)」と呼ばれた民族集団の歴史を考えると、関りが少し見えてきます。

時代は桓武天皇の頃に遡ります。坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)という、征夷大将軍にまで上り詰めた平安時代の武官がいました。当時の政権は畿内を平定することはできたけれど、日本列島に目をやると政権統一は到底できておらず、特に畿内から遠く離れた関東や東北地方には朝廷に従わない部族が国内にはたくさんいました。

それらは全て蛮族とみなし付けられた名前が蝦夷(えみし)。蝦夷地(えぞち)と言えば北海道の旧称なので、この字を見ると北海道を連想してしまいますが、その経緯を考察すると出自は北海道に限らないようです。坂上田村麻呂の討伐などによって北海道に追いやられ、環境の厳しさなどからさすがにそこまでは朝廷の追手が来ず、そこに土着した。アイヌの人々の源流の一つ、と考えることができます。

アイヌ民族の祖先はサハリンやカムチャッカ等、大陸にルーツを持つ人々も多いと考えることができるので、明治以前の和人が来るまでの北海道は、様々な地域に出自を持つ人々の雑居地だったと言えそうです。

 

南蛇井に来るまで地名の由来を調べたことはありませんでしたが、アイヌ人の祖先の一つとなった人々がここで静かに暮らしていたかもしれない。そう考えると、歴史の奥深さを感じずにいられません。

近くにある「南西神社」は「なさいじんじゃ」と読むそうです。「なんじゃい」の元になった地名も残っているようです。

 

生糸を運んだ鉄道

南蛇井駅駅舎

南蛇井集落の中心、上信電鉄南蛇井駅。明治30年(1897)7月の開業と、歴史は古い(下仁田までの現区間が全通したのは9月)。
同年8月、日本勧業銀行、現在のみずほ銀行が創立されています。

社名は、

毛國(じょうもうのくに)と濃國(しなののくに)

を結ぶ計画があったため。
それは達成されなかったものの、元々の鉄道敷設理由であった当地で生産される生糸の運搬に活躍。日本の近代化に大きく寄与しました。

現在は通学生などの乗客輸送が中心。起点の高崎駅は県の交通の中心であり、上越・北陸新幹線の分岐駅となっています。

 

昭和が溢れる南蛇井駅駅舎

南蛇井駅駅名標

駅へ入ってみます。

南蛇井駅時刻表

改札口の上に掲げられている発車時刻表。1時間あたりおおむね1~2便の運転本数。

南蛇井駅運賃表

その隣には運賃表。ここから高崎駅へは1,000円ギリギリ切る運賃。消費税率が変更になったら、その大台に乗るかもしれません。

南蛇井駅事務所

駅事務所に目をやると大きな温度計が目に入ります。なんと南蛇井駅、無人駅ではなく有人駅なんです!
地方私鉄の、それも中間駅では珍しい。同じ途中駅でも富岡製糸場最寄りの「上州富岡駅」なら分かりますが、うーん、南蛇井駅すごい。
ちなみに常時駅員さんが居るわけではなく、時間帯によっては無人駅です。

南蛇井駅は硬券に入鋏

今回列車には乗らない駅訪ねなので、入場券を購入します。なんと硬券に入鋏式。自分が子どもの頃は国鉄もこの形でしたが、今はめっきり見なくなりました。お久しぶりです。

タブレットが見える

驛事務所内に目をやると、柱にタブレットが掛けられているのが見えます。

信号機が未整備の時代、単線区間ではこれを持っている列車だけが進入することができて、上下行き違いができる駅で離合する列車と収受を行っていました。

もちろん現在は自動閉塞、すなわち信号で単線区間を制御しているので、全国的にもあまり見られなくなったもの。ここでは信号機が故障した時などに用いられるのでしょうか。これもお久しぶり。昭和の鉄道システムが溢れています、南蛇井駅。

南蛇井駅改札

荷物預かりの札が掲げられています。これがあるってことは、駅員さんがいる証。鉄道で旅行する時代、目的地の駅に着いたら大きな荷物は預けて、そこから身の回りの荷物を持ってバスやタクシーに乗って目的地へ向かってましたね。

現在はコインロッカーがその役割を担っているのでしょうが、それも犯罪の温床になるとかなんとかで撤去されたり…

 

語感の響きだけで訪れた南蛇井駅でしたが、駅舎からなにから、とても満足のいく駅訪ねになりました。

 

後編へ続く

 

南蛇井駅


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