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2020-05-27

かつては寺院参詣のための門前駅<箸蔵駅/徳島県三好市>


大きなしだれ桜が駅舎を覆う美しい駅にやって来ました。こちらの駅では桜の他に隆盛を誇った時代の跡や、力強い特急列車の走行シーンを眺めることができます。

箸蔵駅(はしくらえき/徳島県三好市池田町)


箸蔵駅の位置

箸蔵駅の位置関係

箸蔵駅があるのは「土讃線(どさんせん)」
名称の由来は佐國と岐國を結ぶ路線から。

香川県の多度津駅で「予讃線(よさんせん/高松-宇和島・297.6km)」から分岐して、高知県の窪川駅までの198.7km。沿線には「讃岐のこんぴらさん」こと琴平駅や、高知県の県都・高知駅など。

かつては香川から高知へ向かう交通手段として敷設された路線。現在ではその役目に加えて、岡山から瀬戸大橋を経由して高知県へ向かう、本四連絡の役割も担っています。

ここ箸蔵駅を含む、

「坪尻(つぼじり)-大歩危(おおぼけ)」
の区間は徳島県内を走行します。

箸蔵駅があるのは徳島県西部の三好市(みよしし)。市町村合併前は三好郡池田町(みよしぐんいけだちょう)。1970年台後半から90年台前半にかけて「さわやかイレブン」「やまびこ打線」等の愛称で親しまれ甲子園を沸かせた「徳島県立池田高等学校」がある街です。

 

とても少ない運転本数

一日6往復

箸蔵駅に停車するのは各駅停車のみで、その便数はとても少ない。

「高松・岡山-高知」
の都市間を接続する路線と言っても、その道中は山間部が多くを占める土讃線。

区間別に見ると「須崎-窪川」や「大歩危-土佐山田」の次に少ないのが、箸蔵駅を含む「佃(つくだ)-琴平」間。
当区間は徳島/香川の県境区間を含むため人の行き来が少なくない区間ですが、特急列車は1-2時間に上下1本ずつ運転されているので、列車自体はほどほどに見かけることができます。

 

跨線橋から眺める風景

上り琴平・多度津方面

跨線橋に上がり駅敷地を眺めます。一両編成の列車が一日数本しか運転されない駅にしては、持て余すほどのプラットホームの長さ。その歴史とかつての需要については、のちほど触れたいと思います。

一つ隣の坪尻駅までが徳島県内の駅。そちらはロケーションから日本を代表する「秘境駅」と言われるほど人気と知名度を誇ります。しかしながら、坪尻駅は元信号場が駅に昇格しただけの設備としては簡易的な駅。役割としては箸蔵駅が徳島県内では端っこと言えます。

特にここから県境に向かって勾配が厳しい「猪之鼻越え(いのはなごえ)」を行うので、非力な蒸気機関車で運転されていた昔は、鉄道マンたちはここから覚悟を決めて峠越えに挑んだ事と想像します。

 

下り阿波池田・高知方面

反対側は下り坂。レールはこの先大きな弧を描きながら、

土讃線最長の鉄橋

吉野川に架かる橋を渡った所にある佃駅で徳島線と合流。その先が地域の拠点となっている阿波池田駅です。

鉄橋の名前は「吉野川橋りょう」

昭和10年(1935)4月の竣工。南側(右、川の流れの上)の曲弦4連ワーレントラスと、北側(左)の16連に及ぶプレートガーダーで構成される延長571mの橋梁は、完成当時日本最大規模。
現在も土讃線の橋としては最長。四国内では高徳線に架かる吉野川橋りょう(949.2m、橋梁名同じ)に次ぐ長さです。

ドギーのカヌー犬デビューで、橋の下をカヌーで下った思い出深い橋でもあります。

【関連記事】カヌー犬ドギーのデビュー戦・前編<吉野川/徳島県三好市>

 

プラットホームに秘められたもの

舗装が変わっている部分に歴史が秘められています

この後で下り特急列車がやってくるのですが、それまでまだ時間があるので駅を端っこまで探検します。

跨線橋から下りたこちらは2番線。「箸蔵」と書かれたJR四国規格の駅名標があります。

この付近はプラットホームに増床工事が施されていることから、現在運転される列車が停止する部分と思われます。途中から点の白線が見えますが、その部分は以前のままのホームで嵩上げが行われていません。

昔と今の列車を比べると、基本的に今の列車の方が背が高い。
国鉄時代など昔行われていた鉄道の運行形態は、一台の機関車が客車を引っ張るわけですが、それだと動力装置(エンジン、モーターなど)は機関車にだけあれば良く、客車は引っ張られるだけなので車両下部にエンジン等の装置は不要。そのぶん床下に余裕が出来るわけで全高が低くなります。プラットホームの高さもそれほど必要としません。

現在の列車のように一両編成で運転を行うためには、動力装置やエアコンユニットなど走行に必要な全ての機器をその一両に搭載しなければいけません。そうなると客室床下にその分のスペースが必要になり、車両自体の全高が背高になります。
そのため受け入れる側、すなわち駅のプラットホームを少し嵩上げしなければ、列車の乗車口とホームとに段差が生じることになり、乗客に危険が及ぶことになります。

この角度では2番線のプラットホームが増床されている様子はわかりませんが、左奥の1番線を見ると手前に向かってホームが増床されて高さが違うことが分かります。

 

また一番右側にはかつて3番線があったようですが、現在は線路が取り払われ近隣の自由通路になっています。近隣住民さんと思しき方が、飼い犬を散歩する姿が見られました。プラットホーム上の増床はもちろん白線も引かれてないので、こちらは早い時期から使われなくなったと考えることができます。

 

箸蔵寺の最寄駅として

枠が錆びて字が消えかかっている駅周辺の名所案内

歴史がある駅を隅々まで探索すると、

「かつて●●だった」
跡が見つかることがありますが、箸蔵駅にもありました。

箸蔵駅がそれなりの規模の大きさである理由の一つに、かつて「参詣輸送」が行われていたことが挙げられます。

駅から歩いて5分のところにあるのが箸蔵山(719.8m)への登山口

その中腹、標高633mに位置するのが「箸蔵寺(はしくらじ)」

四国八十八ヶ所と同じく空海(弘法大師)が開いた寺院であり、八十八ヶ所には含まれていないものの「番外霊場」の一ヶ寺、または「こんぴら奥の院」として今なお大勢の巡礼者・四国遍路が訪れるのが箸蔵寺。

現在は箸蔵駅から徒歩5分の地点にある「箸蔵山ロープウェイ」を利用すると境内へ数分で行くことができますが、鉄道開通以前は香川から「猪之鼻峠(いのはなとうげ/標高413m)」を越えて直接境内へ入るか、徳島からは吉野川沿いの「撫養街道(むやかいどう)」などを上流に向かって登山口まで来て、そこから山を登るか。いずれにしろ易々訪れることができる道のりではありませんでした。

それが昭和4年(1929)4月の鉄道の開通によって劇的改善。翌年には箸蔵登山鉄道(ケーブルカー)が開通して、近代交通で寺院近くまで行くことができるようになりました。
しかしながら、ケーブルカーは戦時中の昭和19年(1944)2月に不要不急線をの指定を受け廃止。わずか14年という短命に終わっています。

その後、昭和46年(1971)4月にケーブルカー跡地を一部転用して下部にリフト、上部にロープウェイを新設する形で参詣のための二次交通が復活。その上下分離式の期間は平成11年(1999)1月まで営業されましたが、こちらの案内看板はその期間中の案内が掲げられていることになります。

 

自分が記事を書かせてもらっている四国遍路情報サイト「四国遍路」に、箸蔵登山鉄道跡を探索した記事があります。

山寺である箸蔵寺へ向かう交通機関の変遷【別格15番札所「箸蔵寺」への箸蔵山ロープウェイ】→https://pilgrim-shikoku.net/hashikurasanropeway-transition-hashikuraji

 

土讃線35キロポスト

箸蔵駅の端へやってきました

右側の元3番線の用地が自由通路になっている様子がわかります。

ここで嬉しいのが、

キロポスト!

掲げてある数字は「35」になっていますが、これは土讃線の起点である「多度津駅」から35km来た地点であることを知らせています。キロポストは「どれだけ旅をしてきたか」が分かる、個人的に好きな鉄道パーツの一つですが、

阿讃県境の山を越えてたどり着く35km地点

ここでは自由通路となっている部分にそれがあり、「35キロポスト」に接近することが可能。
通常は線路脇にあるものなので、近付いて見ることはできません。箸蔵駅ではこれだけ近付いてキロポストを拝むことができました。大満足です。

【関連記事】JR四国で最も短いプラットホーム<真土駅/愛媛県松野町>

 

特急南風

跨線橋まで戻って来ました

こちらが阿波池田方向のプラットホーム端。先ほどの多度津方向と同じように、元々の3番線部分が自由通路になっています。駅の東側に墓地があり、そこへの通路として利用されているようでした。

そろそろ特急列車が通過する時間。跨線橋上にスタンバイして、その時に備えます。

列車の上に架かっている橋は国道32号

風向きや湿度などによるのでしょうが、列車が見えないうちからエンジン音・走行音が山々に響き、空気感が変わるのがわかりました。

土讃線のエース車両「2000系気動車」

岡山-高知(179.3km)で運転される特急「南風(なんぷう)」
ヘッドマークには太平洋の波とクジラがあしらわれ、列車名と合わせて南国土佐へ向かうイメージを盛り上げています。

エースと言っても現在は後継の「2700系気動車」の運転が始まり、そちらの配備が進むにつれ同型車両の引退が始まっています。最新型車両の美しさも素敵ですが、長年見慣れた車両が姿を消していくことには寂しさを憶えます。乗るなら・見るなら今のうち。

箸蔵駅を通過しました

この先列車は大きな弧を描きながら吉野川を渡って行きます。

 

列車を二度見ることができる場所

16連プレートガーダー上を走る特急南風

程なくして先ほどの列車が吉野川橋りょうを渡り始めました。

4連トラス内を走る特急南風

駅で列車を見て、その後鉄橋を渡る列車を眺めて。箸蔵駅は列車の走行シーンを二度見ることができる、お得スポットです。

 

個人的には今回のような下り方向では無く、先に鉄橋を渡って来る上り方向がお勧め。

眺めるのは箸蔵駅の跨線橋上として、まず鉄橋を渡る姿と走行音が聞こえ一度見えなくなります。それからほどなくすると大きな音と共に列車が現れますが、この時のエンジン音と姿が当区間のハイライトシーン。
吉野川橋りょうを過ぎた地点から猪之鼻峠へ向かって急勾配区間が始まり、特急列車はそこを高速で走行するため出力を上げてその急坂を克服します。

この時のエンジン音がとても力強く、見る者を魅了します。

 

箸蔵駅

 

旅の期間

令和元年4月


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