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2019-10-03

かつては列車でスキー。JR西日本最高所の駅<三井野原駅/島根県奥出雲町>


三井野原駅(みいのはらえき/島根県奥出雲町)

人口が少ない中国地方山間部。鉄道においては「どうしてこんなところに駅が」「誰が利用しているのだろう」というような「秘境駅」が数多く存在します。こちら三井野原駅は広島・島根の県境に位置する無人駅。JR西日本の公式発表によると、近年の駅利用者は一日3~4人。今でこそ僅かそれだけの利用人数ですが、かつては冬の時期を中心に駅とその周辺が賑わっていました。

JR西日本最高所の駅

人気観光列車が好調な事もあり、近年駅周辺が整備された

三井野原駅は、国道314号から分岐して進入します。近年駅周辺が整備されて、自家用車が停め易くなりました。

新築の駅舎は、木造・バリアフリー

屋根には中国地方らしく赤茶色が特徴の石州瓦が乗せられています。

JR西日本最高所と、駅たずねナビゲーター・しょう

三井野原駅が位置する標高727mは、JR西日本最高所。いつもの駅たずねナビゲーターの旅犬しょうと一緒にやってきました。

 

ハイライトは二段式スイッチバックの木次線(きすきせん)

広島・島根の県境に位置する三井野原駅

木次線(きすきせん)
宍道(しんじ)駅から備後落合(びんごおちあい)駅を結ぶ81.9kmの路線。宍道では山陰本線、備後落合では芸備線と接続しており、広義的には広島から松江を結ぶ陰陽連絡線として、往時は「ちどり」「たいしゃく」などの急行列車が運転されていたこともあった。現在はその機能は失われ、各駅停車が運転されるのみ。

油木(ゆき)・備後落合のみが広島県、他駅は全て島根県に所属。

路線ハイライトは三井野原駅から出雲坂根駅間に存在する二段式スイッチバック
標高727mの三井野原駅に対して、ふもとの出雲坂根駅の標高は560m。高低差167mを二度方向転換を行い、そのたびに加速をつけて坂を駆け上がり、県境付近の急坂を越える(下り方向が登坂、上り方向はその逆)。

このスイッチバック区間を満喫するために運転されているのが奥出雲おろち号
二両ある客車のうち、一両が窓が無いトロッコ列車が接続されており、風を感じながら列車旅を満喫することができる構造になっています。

 

列車に会えること自体がレアケース

実質1日3往復の列車

木次線自体、日本有数の閑散路線。特に三井野原を含む出雲横田~備後落合の県境区間は、定期列車が1日3往復+おろち号。

日本有数の運転本数の少なさでありながら当駅のように駅舎が新築される理由は、廃線にされまいと沿線自治体が積極的に働きかけている事。観光列車の奥出雲おろち号が好調なので、その顔となる駅周辺が整備されていること等が理由として挙げられます。

プラットホームの先にはスキー場が広がる

無人駅で切符の販売がなければ、改札ラッチもありません。引き戸の扉を開けたらそこがプラットホーム。奥にスキー場の斜面が広がっているのが見えます。

1日わずか3往復の各駅停車

下り列車がやってきました。駅へは自家用車で訪れましたが、なんせ運転されている定期列車が1日3便の少なさ。車で駅へ来ることは簡単でも、そこで列車と合うことは結構難しい。
列車到達難易度の難しさは、それよりもっと上。ここで列車と会うことができたのは、偶然ながら良き出会いでした。

秘境のターミナル駅行き

下り列車は全て備後落合行き。岡山・広島・島根が出会う、山間の秘境ターミナル駅。こちらも魅力的な駅です。

 

一昔前は、スキーは列車で

国道314・木次線両側に広がるスキー場

三井野原と聞くと、広島県の方々は「スキー場」を思い出すのではないでしょうか。

今でこそ自家用車や夜行バスでスキーに行く時代ですが、昭和から平成の始め頃まで全国的に見ても、スキーは列車でいくものでした。

三井野原スキー場へは、平成の始め頃まで

「三井野原銀嶺」号…小郡-(山陽本線)-広島-(芸備線)-備後落合-(木次線)-三井野原
「三井野原スキー」号…福山-(福塩線)-塩町-(芸備線)-備後落合-(木次線)-三井野原

発地や列車種別(急行・快速など)、昼行・夜行と、年によって様々なスキー列車が、広島県内各地から三井野原へ運転されていました。

夜仕事を終えてから大きなスキー道具を持って駅へ行く。乗客が多い週末などは4人掛けの向かい合わせシートで、足を引っ込めて仮眠。朝、スキー場近くの駅に到着。そのまま滑って夕方の列車に乗り帰宅。

三井野原へ列車でスキーに行ったことはありませんが、別のスキー場へ「シュプール号」で行った時のことを思い返してみると、おそらく似た状況じゃないかと思います。

正直ロクに寝れないまま、夜行日帰り。それもスキーというスポーツをするために。翌日からは普通に仕事。昔は皆が遊びに全力でした。

 

スキー宿の「あの」匂い

ボイラーとストーブの石油臭が、スキーに来たなと思い出す匂いでした

日程に余裕がある時は、二日三日スキー三昧は当たり前。その時は「スキー宿」と呼ばれる民宿や旅館に泊まっていました。

宿には大きな乾燥室(たいていボイラー室)があって、スキーから戻ると早々に濡れたスキーウェアや手袋を貼られたロープに吊って乾かす。その後はお風呂に入って夕食を食べて、コテンと寝る。そして翌日も朝早くからスキーへ出かける。

 

近年はスキーへ行くこと自体、自分も世間も減少しました。スキーで宿泊するお宿も、おしゃれなペンションやホテルに取って替わられて、かつての「スキー宿」はどれくらい残っているのでしょうか。

三井野原スキー場周辺には現在も営業しているスキー宿があるようなので、今こそ行ってみなきゃです。その時はもちろん、列車で。

 

昔の話つながりで、駅のプラットホームからも見える白看板(旧式標識)も見逃せません。

 

峠の分水嶺。水はどこへ行く

日本海と太平洋(瀬戸内海)へ注ぐ分水嶺

三井野原駅やスキー場を過ぎると「三井野越」と呼ばれる峠があり、下り坂が始まります。ここから先は「おろちループ」と呼ばれる国内最大級のループ橋。それを以って大きな高低差をクリアする。

広島・島根の県境はこの場所では無く、少し南に戻ったところ。三井野集落自体、昭和28年(1953)に県境変更によって広島県から島根県に移管された地域。その時は代わりに、島根県に所属していた県西部の八幡地区(現広島県北広島町の一部)が広島県に移管されました。県境・市境の変更でよくある交換の形。

 

この場所は分水嶺であり、

南側…江の川(ごうのかわ)水系
北側…斐伊川(ひいかわ)水系

広島県方向の南側に流れて行く水は西城川(さいじょうがわ)となり、三次(みよし)でいくつもの川と合流。「江の川」となり、島根県西部の江津(ごうつ)で日本海に注ぎます。三次から先では、三江線(さんこうせん)が江の川と並行して走っていましたが、木次線と違って平成30年(2018)に鉄道廃止の憂き目に遭ったことは、記憶に新しいところです。

島根県方向の北側に流れて行く水は出雲平野を流れる「斐伊川」となる。その先にあるのが、宍道湖(しんじこ)中海(なかうみ)。どちらも湖と名が付いていますが、正確には斐伊川の湖部であり、海水と淡水が交じり合う汽水湖。境港で日本海に注ぎます。

 

日本における分水嶺と言えば、一般的には日本海/太平洋に分かれるものが殆どですが、この地点で分けられる水はどちらも日本海に流れ出る点が珍しい事例です。

 


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