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2020-01-17

駅名は修験道由来。駅名標から覗くドギー<及位駅/山形県真室川町>


難読駅名界の雄

「及位」と書いて「のぞき」と読みます。難読駅名の話題で必ず登場する山形県北部、秋田県との県境近くにある名物駅。駅名の由来やかつて東北地方交通大動脈であった名残を、ドギーと覗いてみたいと思います。

東北を縦貫する奥羽本線

及位駅(のぞきえき、山形県真室川町)

真室川町は「まむろがわまち」と読む。
山形県北の玄関口となる街で、鉄道・道路共に北へ進み雄勝峠(おがちとうげ)を越えると秋田県に入ります。

及位駅周辺路線図

県都・山形市にある山形駅からは100km弱の地点。次の院内駅から秋田県に入るので、及位駅は県境に位置していることになる。

及位駅時刻表

上り…新庄行き
下り…秋田行き
全て各駅停車と、分かり易い。

東北を貫く奥羽山脈の裏側にあたる県と都市を縦貫する長大幹線・奥羽本線(おううほんせん)

福島-山形-秋田-青森

を結ぶ484.5kmは日本有数の長さ。かつては線内を完走する列車や、上野発の夜行列車「鳥海」「あけぼの」等、首都圏や沿線各都市を結ぶ数多の長距離列車が運行されていましたが、現在全線を通して運転される列車はない、というか新幹線の奥羽本線乗り入れにより不可能になりました。

鉄道で山形から秋田へ行こうとすると、一度仙台に出てから秋田新幹線に乗り換えて向かうほうが秋田に早く着くことができます。早いのは良いことだけれど、何だか寂しさを覚える時代です。

 

修験道由来の及位の地名

及位は覗きに由来

及位駅がある「のぞき」の地名由来が記されています。

変わった駅名の由来

町内にある「男甑山(おごしきやま)」「女甑山(めこしきやま)」で行われている修験道。そこで行われている厳しい修行が断崖絶壁で宙吊りにされ、山の横穴を覗く「覗きの行」

その行を経験して京(みやこ)へ上ったある修験者が、時の天子(てんし、君主の事)から高い位を授かった。すなわち、

高いんだ

ことから、宙吊りの修行を「及位(のぞき)」と呼ぶようになった。と記されています。

現在、同様の修行が行われている代表的な場所に奈良県の大峯山(おおみねさん)があります。
山形か奈良か、どちらが先にそれが行われていたのかはさておき、900kmほど離れている場所で同じ修行が行われている繋がりが気になります。山形と畿内と言えば北前船の往来。そこでもたらされた文化の一つかもしれません。

 

跨線橋から見える南北の風景

北側・湯沢秋田方面

奥に見える山並みが雄勝峠。鉄道・道路共に現在はトンネルで県境を越えます。

駅前に僅かに民家があり、及位の集落が形成されています。

南側・新庄山形方面

民家まばらなこの場所には持て余し気味の複線。本線の二線はともかく、外側にそれぞれレールが敷かれているのは、交通の難所である雄勝峠を運行するにあたり、機関車のやりくりを行うために構内が広く取られているのでは、と想像します。

鉄道は登り坂に弱いので、かつての蒸気機関車など今より出力が弱い列車が坂道を上る際は、別の機関車が後ろから押して運転される光景を各地で見ることができました。

及位駅周辺の地形は山が多く、この先新庄方面は主寝坂峠(しゅねざかとうげ)を避けるように大きく迂回する形で線路が敷設されているほどです。

 

プラットホームに隠された路線の歴史

長いプラットホームの下部に、開業時の石積みプラットホーム

及位駅の開業は明治37年(1904)10月。同年2月10日、日露戦争が始まりました。

結果的に戦場の多くが満州や朝鮮半島となった日露船そうですが、日露戦前は「ロシアが南へ侵攻してくる」の考えの元、防衛体制を整えるために日本海側や東北地方以北では鉄道の敷設が急がれていました。
奥羽本線は福島を経由して首都圏と東北日本海側の港(=秋田)を結ぶルート、あるいは奥羽山脈より東にある東北本線が攻撃等により不通になった際のバイパスとして建設されたため、当時の持てる国力を費やして建設された路線。

及位駅でも長大なプラットホームや、そのホーム下部に建設当時の資材であった石積みを見ることができるなど、よく観察するとその歴史が見えてきます。

 

及位駅で覗きドギー

駅名標の支柱は古レールが転用されたもの

及位駅滞在中に上下線とも列車が来ること、乗客が姿を現すことはありませんでした。

駅訪ねドギー、プラットホームへ来て及位駅駅名標の隙間から覗いてみました。

 

及位駅


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