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2021-01-16

かつて都市間バスで賑わった国鉄バス駅の今<落出駅/愛媛県久万高原町>


かつて国鉄の未開通区間を補完する意味合いで全国各地で運行されていた国鉄バス。現在はその役割が変わった所、終えたところと様々。愛媛高知の県境近くに国鉄バス由来の駅舎があり、現在も使用されています。

落出駅(おちでえき/愛媛県久万高原町)

 

県境に位置する旧柳谷村

バス駅内にあった旧柳谷村の航空写真を見ると、村域の殆どが山地であることがわかる

落出駅があるのは愛媛県中部の久万高原町(くまこうげんちょう)。平成の市町村合併により周辺4町と合併して同町になりましたが、それまでの自治体名は「柳谷村(やなだにむら)」と言い、隣は高知県吾川村(あがわむら、現・仁淀川町)という県境に位置していました。
村の中央部を流れる面河川(おもごがわ)は石鎚山の南側を源流として、高知県との県境を越えると仁淀川(によどがわ)に名前を変え太平洋に注ぎます。

 

国鉄バスの名残

落出駅は国鉄バス「松山高知急行線」のターミナルだった

かつて国鉄線(現・JR)を補完するため全国各地で運行されていたものに「国鉄バス」という存在がありました。
鉄道を敷設する構想があるけれど、山があり難工事が予想される場合などにひとまずバス路線として先行開業させるケースなど。当初はあくまで鉄道の開通を前提としたバス運行であったようですが、後年は採算面などにより鉄道敷設を断念してバス路線に落ち着いた路線も数多く存在します。なお国鉄バスは従来のバス交通のようにバス停や停留場と呼ばず、停車する場所は「●●駅」が正式名称でした。

明治維新以降、日本の交通は道路より鉄道優先で整備されることになりますが、その過程で計画されたのが松山と高知を結ぶ「予土線(よどせん)」

昭和9年(1934)3月…松山駅-久万(くま)間「省営自動車予土線」として開業
昭和10年(1935)7月…久万-佐川(さかわ)間延伸。落出駅開業
昭和22年(1947)9月…松山-落出→予土北線、落出-佐川→予土南線にそれぞれ改称
昭和26年(1951)4月…佐川-高知間延伸→後年「なんごく号」
昭和62年(1987)4月…四国旅客鉄道(JR四国)に継承
平成13年(2001)12月…松山-高知を高速道路経由で運行される伊予鉄道「ホエールエクスプレス」運行開始。JRバスも対抗して高速道路経由の「なんごくエクスプレス」運行開始。
平成14年(2002)9月…なんごく号廃止。落出-佐川は黒岩観光バスに継承
平成29年(2017)4月…久万高原-落出廃止。久万高原町営バスに継承

しかしながら松山を出てすぐ標高720mの三坂峠(みさかとうげ)があり難工事が予想されるため、ひとまず鉄道を先行する形でバス路線として開業しました。省営(しょうえい)とはかつて鉄道を管轄していた省庁が運営していたという意味で、省線→国鉄→JR。予土線とは伊予(愛媛)から土佐(高知)を結ぶ路線という意味ですが、ここでのそれは現在の若井-北宇和島を結ぶ鉄道の予土線とは別。
戦後の松山から高知への直通する急行バスの運行開始によってこの区間の鉄道敷設を諦めたと言えそうですが、そのバス路線はライバルがいないこともあって四国の国鉄線の中で一番の黒字路線となっていました。

21世紀になって高速道路の整備が進みそこを走る高速バスが運行を始めたため、国道経由の松山高知急行線は都市間輸送の面で急速に衰えていきます。

注意書きだけが国鉄バスに由来するものとは悲しい

近年には運行区間が縮小され、落出駅にやってくるJR四国バスも無くなりました。国鉄バス由来の落出駅は久万高原町に移管され、駅舎内をざっと見渡してみて目に入る「国鉄」「JR」と書かれたものは、こちらの注意書きが唯一の存在です。

アットホームな待合室

往時は都市間バスの夜間停泊があり、2Fには乗務員さんたちの仮眠室も稼働していたようですが、現在は無人。
こちらの畳敷きの待合室が開放されています。最後に触れたいと思いますが、ここでマンガ読みながら県境越えのバスを待とうにも、県境は越えることができません。

 

受験生が訪れる駅

落出駅を発着するバスの時刻表

現在の落出駅の主な役割は町内の移動で、ここから更に二路線「古味線」「岩川線」が分岐しています。前者にはごく僅かでしょうが、町外からバスマニア以外でこの場所を訪れる理由となるものがあります。

大きく書かれた「ごうかくきっぷ」

落出駅から乗り換えて行くことができる「ごうかく」駅

漢字では郷角と書きますが、いつからかその語感にあやかって受験生に縁起が良い駅として認知されるようになりました。

おちないで ごうかく たいせい
※それぞれ駅の正式な読みは、落出(おちで)・郷角(ごうかく)・大成(おおなる)

四国内には徳島県に「学(がく)」駅がありますが、そちらは入場券を五枚購入することで「五」「入」「学」→御入学。
学駅は徳島駅からそれほど遠くありませんが、ごうかく駅はバスの運行本数を考えると受験年代の方々が行くにはなかなか到達難易度が高い場所。それだけに到達を果たした時の御利益は…どうでしょう。

有人駅時代は落出駅で「ごうかくきっぷ」を購入することができましたが、現在は近くにある柳谷支所等での販売に変わっています。
柳谷産業開発公社さんのホームページに実物が掲載されたページがありました。硬券切符と台紙だけかと思ったら、地元神社で合格祈願の御祈祷が行われている本格派です。

柳谷産業開発公社さん→https://yanadani-skk.jp/

 

落出駅周辺

落出駅前、松山方向

落出(おちで)というくらいなので、村内に散らばっている各集落から山を下りて来ると交わるのがこの場所ということになります。
ここに限らず山間集落に行くと「落合(おちあい)」「出合(であい)」のような地名を見かけることがありますが、それらと同様の意味と思われます。旧土佐街道(松山街道)上に村内交通が交わる地点が落出。集落の成り立ちや地名としても理に適っています。

異説として「落ち→落人」
この前を流れる面河川(仁淀川)の下流には安徳天皇が落ち延びたと伝わる越知(おち)という地名があるくらいなので、この山深い中なので平家伝説に由来していても不思議ではありません。

落出駅前、高知方向

土佐街道由来の国道33号はこの地点で面河川右岸から左岸へスイッチ。このすぐ左側には幅員の狭い旧橋が歩行者専用の橋として残されています。

バスターミナルと言えば敷地内に何本かバスレーンがあるイメージですが、落出駅にはバスレーンは無し。この辺りはどこを見渡しても平地がありません。道路両側の路肩が広くなっていて、往時もそこでバスの乗降を行っていました。

 

落出駅に来てみたけれど…

愛媛産の旅犬ドギーの落出駅訪ね

バスに乗車する事や駅内に入ることができるわけではないので、バスネタは彼にとって出番があまりありませんが、とりあえずどこにも便乗させます。旧国鉄バスの駅を訪ねた記録を残しておきました。

 

かつての松山高知急行バスの再現は可能か

落出駅を見て回っていたら、現在運行されているバスがやってきました

バスと言っても9人乗りのジャンボタクシーで運行されている久万高原町営のコミュニティバス。

ここで疑問。現代のバス網でかつての愛媛高知急行バスに相当する区間を移動することができるのでしょうか。調べてみました。

【松山→高知(佐川)】
松山駅6:50
↓JR四国バス
久万高原8:00/8:00
↓久万高原町営バス
落出8:28/8:32
↓久万高原町営バス
旭8:59/12:48 ※月・木のみ運行
↓仁淀川町町民バス
森13:10/14:45
↓仁淀川町町民バス
佐川駅15:28

【高知(佐川)→松山】
佐川駅10:55
↓仁淀川町町民バス
森11:34/12:05
↓仁淀川町町民バス
旭12:48/12:57 ※月・木のみ運行
↓久万高原町営バス
落出13:02/14:50
↓久万高原町営バス
久万高原15:18/15:20
↓JR四国バス
松山駅16:30

やはりという感じで、愛媛・高知を行き来する県境区間がハイレベル。月曜日・木曜日に限り、一日に一便だけ接続可能なようです。下り(松山→高知)は「旭」で4時間待ち。ローカル交通の旅は好きなほうですが、うーん、これはさすがにちょっと…

この乗り継ぎは純粋にバスだけのもので、「落出から旭」またはその逆を徒歩で連絡した場合はそれぞれ夕方の便に乗り継ぐことが可能です。その距離約5km。国道33号歩きで特に山坂があるわけではありませんが、歩道が無いトンネル区間が何箇所もあり、それでいてなかなかの交通量。時間的には十分可能ですが、安全や日没などを考えるとここでの徒歩連絡バス乗り継ぎはあまりお勧めできません。

徒歩連絡の部分はともかく、この完乗難易度はテレビのバス旅向きな内容であると思います。途中の引地橋(ひきじばし)には名物グルメもあります。もし映像制作関係のディレクターさんが当記事をご覧になられていましたら、ぜひ当区間の県境越えのバス旅をご企画されることをお勧め致します。

 

落出駅

旅の期間

令和元年5月


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