湖と海、その境界に神社の入口があると聞き、ドギーと茨城県を訪ねました。北浦の水辺に刻まれた時間を辿ります。

神域への入口と鹿島

北浦に架かる国道51号の神宮橋を渡ると、湖越しに大きな鳥居が見えてきます。地図で見ると、この鳥居は鹿島神宮の正面に位置するような配置になっており、水と神域が一直線につながっている印象を受けます。
こうして見ると、鹿島神宮は海から訪れる場所だったのだと気付かされます。初代参詣道が海だとしたら、現代の参詣道が神宮橋なのだと思います。

日本には「かしま」市が二つあります。
佐賀県鹿島市…昭和29年(1954)4月1日発足
茨城県鹿嶋市…平成7年(1995)9月1日発足
サッカーの印象が全国区なので、(茨城県)鹿嶋が先と思いきや、先に存在したのは(佐賀県)鹿島。Jリーグが開幕した平成5年(1993)は鹿嶋は鹿島郡鹿島町でした。
茨城県のかしまが市に昇格する際に、既に佐賀県鹿島市が存在するから同名の市名が認められず、やまどりの鹿嶋を名乗った経緯があります。茨城県鹿嶋市では行政に関する事「鹿嶋市立●●」などは鹿嶋。「鹿島神宮」「鹿島アントラーズ」は鹿島のように使い分けられている印象です。
神さまは海からやってくる

今、ドギーと飼主が立っているのは鳥居の内側です。古来より、神様は海の彼方からやって来ると信じられてきました。なので、この向きでは神様の来訪を待っている構図になります。
北浦の水面に鳥居が浮かぶような姿を見ると、参道が陸側だけで完結していないことに気付かされます。水の向こうから神気が漂い、鹿島の地で迎えられ、そしてまた陸へと続く道があるのです。こうした見えない参道の存在は、鹿島の神聖さをより深く感じさせてくれます。

舗装され形は変わっていても、水辺から神宮へと続く静かな道の雰囲気は当時と変わらず、水辺から神殿へと真っ直ぐ延びているように感じられます。この道を人々は歩き、祈りを捧げ、時に心を整理しながら進んできたのでしょう。
ドギーと並んで立つことで、そうした時間と空間の重なりを、ほんの少しだけですが一緒に感じられたように思います。
水辺の鳥居に近づく

水辺まで足を伸ばしてみると、早朝で静かでありながら時々そよ風に揺れる北浦の水面と独特の空気が印象的でした。人間にとって鳥居の内外の区別は明確でも、犬や神様の視点ではきっと一続きの世界なのかもしれません。来訪時のドギーはとても静かな良い子でした。
鹿島という名前が持つ力

鹿島と聞くと、多くの人がまず思い浮かべるのは、鹿島アントラーズかもしれません。鹿嶋市は古代から信仰を集めてきた鹿島神宮の地であると同時に、現代ではサッカー文化の中心地でもあります。
平成5年(1993)のJリーグ開幕では、開幕前は数々のスターを擁するヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ1969)に注目が集まっていましたが、いざ開幕してみるとサッカーの神様と呼ばれたジーコ選手が開幕戦でハットトリックを決めて5-0の圧勝スタート。その勢いのまま1stステージを制しました。つぶさにJリーグを見ていたわけではありませんが、そんな覚えがあります。アントラーズの存在は、鹿嶋や茨城県の方々のみならず、全サッカーサポーターにとって特別な存在ですね。
「鹿島アントラーズ感がある場所知りませんか?」
*「クラブハウスあるから行ってみてください」
アントラーズの地元に来たら、アントラーズ感のある場所は、ドギーと行きたかった場所の一つ。そらうみのサッカー好きゲストさんに聞いてやってきた、鹿島アントラーズのクラブハウスには「しかお」が居て、一緒に写真を撮ることができました。
鹿嶋は古代から続く神の物語と、現代のスポーツ文化。一見すると無関係に見えますが、どちらも人の想いが集まり、受け継がれてきた結果だと感じます。ドギーと歩いた鹿島は、静けさと熱量、その両方を内包した場所でした。
茨城県の記事
「そらうみ旅犬ものがたり」で、初めて公開できたのがこちらの記事になります。まだこの記事しかありませんが、これから記事が増えることを願って、タグの「茨城県」をお知らせします。
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