高知県・早明浦ダムの上流域にあたる大川村。ここには、ダムの水位が下がったときだけ姿を現す建物があります。

渇水になると湖底から顔を出す建造物
その建物は鉄筋コンクリート造の3階建て。元々は大川村役場として建設、使用されていたもので、現在は早明浦ダムの湖底に沈んでいます。それが雨が降らずダムの水位が低下すると出現します。
旧大川村役場とは

全国的に雨が降らず、早明浦ダムの貯水率はついに0%。高松市などでは100日以上に及ぶ給水制限が行われるなか、湖底から姿を現した旧大川村役場は、「渇水」を視覚的に伝える象徴的な映像として連日報道されました。
その後、雨によってダムの水位が回復すると、建物は再び湖底へと沈み、事なきを得ます。
その大渇水以降も、この建物はダムの水位に応じて、現れては消え、消えては現れる。そんな存在になりました。
高知県土佐郡大川村の人口は336人(2024年8月時点。2026年1月現在は最少自治体からは脱しています)。離島を除く自治体の中で、日本でもっとも人口の少ない村として知られてきました。
しかし、かつては違いました。昭和の時代には、村内に4,000人を超える人口を抱えていた時期もあります。
白滝鉱山の閉山、そして早明浦ダム建設による集落の水没。
とくに後者の影響は大きく、村の存続をかけて激しいダム建設反対運動が行われました。
旧大川村役場は、そうした反対運動のさなかである昭和37年(1962)に建てられました。この場所が、将来ダムの完成によって水没することは、建設当初から分かっていた事。それでもなお「ダム建設への反対意思を示す象徴」として、あえてこの場所に新しい役場が建てられたのです。
湖底に沈むことを前提に建てられた役場。それは行政施設であると同時に、村の意思そのものでもありました。
あわせて見たい動画|早明浦ダムと水の記録
過去には、早明浦ダムの大放水映像が大きな反響を呼びました。水が「溜まる」瞬間と、「放たれる」瞬間。どちらも、早明浦ダムが持つもう一つの顔です。
記事化したものはこちらです。
今回は早明浦ダムだけでなく、全国各地でダムの水位低下が報じられています。ほどほどに雨が降り、水不足が解消されることを願っています。